レオ・ポロベッツ

Susa Ventures パートナー

LinkedIn初期についての15の話 Part. 1

6月 14日 2016年

2003年、私は運良くLinkedInの最初の従業員の一人になることができました。12人程度しかいないときの話で、私は創業メンバーでない2人目のエンジニアでした。

(これが私です!)  2,000,000 ユーザーに届いた2005年の記念チーム写真

昨日、MicrosoftがLinkedInを260億ドルで買収するというニュースを見ました。私がLinkedInを離れてMicrosoftに移った2003年には、この小さなスタートアップがMicrosoftの時価総額の7%もの価格で買収されるとは想像もつかなかったことなので、本当に驚きました。

買収についての発表を読み、LinkedIn初期の日を懐かしく思いました。なので、そこでの2年間で集めたお気に入りの思い出について話したいと思います。(2003~2005)

注意:現時点では、LinkedInと全く関わっていません。LinkedInの株も持っていません。また10年以上も前の話なので、少し間違えて覚えている部分もあるかもしれません。

お金

  1. Series A

LinkedInの資金調達には関わっていませんでしたが、Series Aの長さは身にしみて体感しました。大学3年生であった2002年に私は非公式で働くオファーを受けました。そのオファーはLinkedInがSeries Aで資金を調達できることを条件としていました。数週間で終わるはずだったのですが、数ヶ月にまで長引いてしまい、Microsoftからのオファー期日が過ぎそうだったので、Microsoftの方を引き受けてしまいました。

2003年7月からMicrosoftでの勤務をはじめたのですが、惨めなプロジェクトを担当することになってしまいました:15年も昔の製品のメンテナンスです。転職しようか悩んでいるときに、LinkedInから10月に電話がきました。インタビューから10ヶ月経ったそのときになって、やっとSeries Aでの資金調達が終わったらしく、仕事を求めているクラスメートはいるかと聞いてきました。ちょうどMicrosoftでの仕事に不満を抱えていたので、私が志願することにしました。そして2週間後には、LinkedInで仕事をしていました。(私がLinkedInで仕事をするまでに至った話の全容をしりたいならば、ここに書いてあるので読んでください)

とても有力なCEOがいて、成長し続けている製品があるにも関わらず、LinkedInが最初のラウンドでこれほどにまで時間がかかったことには、今でも驚いています。

2. オフィススペース

初期は倹約の時代で、安いところを巡ってオフィスを転々としていました。ある年、イースト・パロ・アルトに安くも、交通の便の悪い場所でオフィスを構えました。近くにあるまともなレストランはせいぜいパロ・アルト空港にあるカフェ程度でした。なので、LinkedInのエンジニアチームは一年間ずっと、昼食は毎日空港に通っていました。

3. 初期のマネタイズ戦略

初期のLinkedInからすでに、2次、3次、4次コンタクトネットワークにいるユーザーを紹介される機能がありました。元のマネタイズ計画では、1日に数百以上のコネクションリクエストが来るまで待ち、その後リクエストごとに5$請求するするつもりでした。しかし、1日あたりのリクエスト数がその目標を超えても、サイト利用に支障を起こしたくなかったため、マネタイズは延期させていました。結局、リクエストごとの請求モデルは実行しませんでした。その代わり、LinkedInは有料の掲示や、広告、プレミアム会員を2004~2005に導入して、結果、数少ない高売り上げのウェブ企業の一つにまでなりました。

4. 求人一覧を売るときの問題

求人一覧を2005年に発表したとき、それを売るのは簡単ではありませんでした。問題は、LinkedInに世界で100万~200万程度のユーザーしかいなかったため、ほとんどの仕事において十分な応募者数がいなかったのです。「ポートランドでソフトウェアエンジニアを探しているとします。しかし、LinkedIn上には、ポートランドに二人のエンジニアがいて、オレゴンに7人しかいません。9人の人を対象にした求人一覧にお金を払って掲載させたいですか?」求人一覧があまりにも空っぽであるかのように見せないため、セールスチームがテックの大企業に有償で求人一覧に仕事を掲載するオファーをしていたときもありました(50の掲示につき、1000$支払うなど)。

製品の機能

5. A/B テスト

データ活用に関して、LinkedInはかなり進んでいました。例えば2004にも、いくつかの機能を検証するためにA/Bテストを行なったことを思い出します。当時の私はA/Bテストなんて聞いたことがなかったので、ジョッシュ・エルマン*に説明してくれと頼みました。彼の説明を聞き、さらに興味を持ったためA/BテストについてWikipediaで調べてみました。しかし、当時はWikipediaに載るほど有名なものではなく、載るのはずっと先の2007年のことでした。

*ジョッシュは、LinkedInで最初のプロダクトマネージメントの従業員でした。後にGreylockのパートナーになるのですが、それはLinkedIn、Facebook、Twitterの初期に勤務したあとの話です。

6.招待メッセージのA/Bテスト

A/Bテストに関していえば、初期に議論されていたことの一つは、新しいユーザーにどうメッセージを送れば良いかというものでした。ソーシャルネットワークは2000年代にはまだ非常に新しいコンセプトで、LinkedInを最初に知るきっかけのほとんどは、会員からの招待メッセージでした。なので問題は:その招待メッセージになんて載せるのか?ということです。いくつか試してみました。

  • ソーシャルネットワークを説明する文章と、LinkedInを説明する文章を合わせたもの
  • LinkedInに登録することによる利点について
  • LinkedInからの招待というのは、招待主が信頼と尊敬を寄せていて、もっと繋がりを持ちたいと思ったときにする、特別なものである
  • 「LinkedInネットワークにご招待したい」の非常に短い文章

驚くことに、ほとんどの人がソーシャルネットワークやLinkedInのことを知っていなかったにも限らず、最後の選択肢が最も有効的でした。ユーザーを理解する上で大切なのは、自分の勘ではなくてデータをみることであると学びました。

7. エンジニアの最適化 vs 製品の最適化

他のユーザーのプロフィールを見ようとするとき、LinkedInではあなたとそのユーザーがどれほど離れているのかを確認します。あなたの4次ネットワークをマッピングして、もしそのユーザーがその中に入っていれば、繋がっていると示すのです。もしその中に入っていないときは、その人のプロフィールを見る権限がないと通知されます。しかし、LinkedInにはとても大きなネットワークを持つユーザーもいて、彼らのプロフィールを見るたびにラグが生じていたのです。また、このプロフィール閲覧は私たちのサーバーにも重い負担をかけていました。

そこで私は、このプロフィール閲覧を200倍速くするアルゴリズムを開発しました。本当に自慢のアルゴリズムでした。数週間後、プロダクトチームは、4次は遠すぎるので、3次以内に制限すべきであると決断しました。私の最適化は急に不要になってしまいました。その時は少し落ち込みましたが、確かに正しい判断であり、これによって正しいレベルでの最適化について学ぶことができました。

Part. 2 につづく...

原文 : https:[email protected][email protected]rss-a4a05e49e068------2
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